賃貸のキャンセル 契約の成立
◆書き直ししました
賃貸のキャンセルについての相談が多いので、詳細を書き直ししました。
具体的な事例、相談は「質問・相談」のところにまとめて掲載しています。
賃貸物件の契約のトラブルは、申し込み後の「キャンセル」と退去時の「原状回復」が圧倒的に多いです。
今回は「キャンセル」について、いつまでならキャンセルできるのか、トラブルにならないためにも正しい知識を知っておいてください。
なお、このキャンセルについては、不動産相談コーナーに問い合わせも多く、また、他社様の書かれている回答の中にも誤解を招く表現が多く見られたので、弊社所属の宅建協会大阪に問い合わせの上、弁護士の法律相談にも出向き、確認しました。
●賃貸のキャンセルはいつまでならできるのか
そもそも、賃貸のキャンセルはいつまでできるのか
法律では「〇〇までならキャンセルできます」といった条文はありません。
そういった法律があれば、わかりやすくっていいんですが・・・。
ですので、いろんな法律からアプローチして、「キャンセルができる、できない」を考える考える必要があるんですね。
賃貸借契約は「契約」ですので、主に「民法」に契約についての条文が規定されています。
また、不動産の取引ですので、不動産業者を規制している「宅建業法」という法律にも関連した条文が規定されています。
それを少しずつ見ていくことになります。
●契約とは?
では、契約とはなんなのか、ということですが、例えば、皆さんが日々、お店で買い物をしますが、それも「売買契約」という契約です。
また、今回は家を借りる契約なので、「賃貸借契約」という契約にあたります。
それ以外にも仕事をするときには「雇用契約」など、様々な契約があります。
この「契約」ですが、一旦、契約を結ぶと、法的な拘束力が出てきて、簡単には取り消すことができません。例えば、皆さんが就職して、雇用契約を結んんだあと、雇用者が簡単にその契約を破棄されて、クビにできてしまうと困りますよね。
ここで大事なのは「契約は成立すると法的拘束力が出てくる」ということです。
法的拘束力とは、契約の本旨に従い、双方が契約内容を履行する責任が発生します。
賃貸人は家を貸し、賃借人は家賃を支払わなければなりません。
また、仲介業者が入っているときは仲介手数料の支払いも発生します。
成立後は一方的なキャンセルはできません。(→損害賠償が発生する事由となり得ます)
このように「契約が成立」すると、様々な責任が当事者双方に発生するのです。
・・・ということで、契約はどうすれば成立するか、ということが問題になります。
●「契約が成立する」のはいつ?
民法522条に「契約の成立」の条文があります。
★(改正)民法522条
契約は、契約の内容を示してその締結を申し入れる意思表示(以下「申込み」という。)に対して相手方が承諾をしたときに成立する。」(民法522条1項)
「契約の成立には、法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成その他の方式を具備することを要しない。」(民法522条2項)
見てわかる通り、「申込」と「承諾」という双方の「意思表示」があれば、契約は成立します。また、契約書などの書面で交わす必要はありません。
例えば、日々、お店で買い物をするのも「売買契約」です。買い物でわざわざ書面にしたりはしないですよね。法律的には「双方の合意」があれば、契約は成立します。(諾成契約)
勘違いが多いのは「契約書に記名捺印をすることが契約」だと思い込んでいる人が多いのですが実は法律的にはそうではありません。
一般的に賃貸借契約は「契約書」を作成しますが、それは仲介をしている宅建業者は契約の成立後、すみやかに書面を交付しなければならない(宅建業法)と決められているので、契約書を作成しているだけです。
例えば、大家さんと知り合いで、家を直接借りる約束をした場合、契約書がなくても法律的には問題がありません。「契約=契約書に署名捺印」と勘違いしている人が多いだけですが、口頭でも双方が合意していれば、その合意は有効、つまりは契約として成立しうるのです。
この民法522条を文字通り読めば、申し込みをして、賃貸人(大家さん)が承諾をしてくれた段階で、「契約が成立」している可能性があります。
可能性がある、という表記したのは、実際にキャンセルが問題になり、契約が成立しているか(キャンセルできるのか)といった双方の主張が異なり、トラブルになったときは、契約が成立しているかどうかは裁判で決める(=司法判断)になるからです。
実際にどの段階で契約が成立しているか、つまりは「契約当事者が契約内容についてどの段階で双方の合意があったか」ということの判断は、事案1つ1つで異なるため、「契約書に記名捺印」といった形式的な判断基準はありません。
ですので、申し込み後、大家さんから「承諾」の連絡が来た段階で、「契約が成立」となり、その後、キャンセルしても認められず、費用を請求される「可能性」があります。
不動産相談でもキャンセルについての質問は多いので、確認のため、今年の8月に弊社所属の宅建協会大阪本部に問い合わせを入れたい上、弁護士相談に確認に行きました。
その時の当番弁護士の話では「初期費用を支払った時点で合意があった(=契約が成立)と考えられる可能性が高いのではないか」ということでした。(もちろん、契約の成立についての明確な線引きがあるわけではなく、事例により、司法判断も異なると思われます。)
つまり・・・キャンセルができるのは、賃貸人と賃借人の双方が合意し、賃貸借契約が成立する前まで
「申し込みをし、承諾があり、双方の合意があったと判断される時まで」
ということになります。
※大阪府によると契約に関しては「一般的には家主が仲介(媒介)業者に承諾の意思表示をした時点で契約は成立すると考えられます。」とのことです。
//www.pref.osaka.lg.jp/kenshin/chotto_chintai/chui.html#48
一般的な賃貸借契約の場合、申し込み後、審査があり、概ね3~5日程度で承諾が出ます。
承諾後は「契約が成立しているからキャンセルはできません」となる可能性は民法だけですと、十分にあります。
ただ、賃貸借契約は仲介業者が間に入っている場合がほとんどです。
「宅建業法」という法律はこの仲介業者に様々な責任や義務を課し、消費者を保護しています。
それ故、宅建業法の観点から、契約がキャンセルできないか・・・ということになります。
●宅建業法35条重要事項説明と契約の成立について
宅建業法というのは不動産取引のプロである不動産業者を規制し、一般的に弱者である消費者を保護する法律です。
この宅建業法35条に「重要事項説明」の義務が仲介業者には課せられていて、必ず「契約の成立の前」に行わなければならないことになっています。
このことにより、消費者は物件についての説明を受け、契約の判断をすることができます。
先述の通り、宅建業法35には「契約が成立するまでの間」に重要事項説明をしなければならないことが定められています。それ故、「重要事項説明」が行われていないことを理由に、「契約が成立前である」と主張できるか(=契約をキャンセルできるか)、という問題が考えられます。
この宅建業法が規制する対象は宅建免許を持つ、宅建業者であり、売買の場合は「仲介業者」はもちろんのこと、「売主」が宅建業者であれば、売主も規制の対象となるのですが、賃貸の場合、「仲介業者」は規制の対象ですが、「賃貸人」は宅建業者であっても規制の対象からわざわざ外されています。
このことから、重要事項説明の前であれば、少なくとも仲介業者に対して「契約の成立」の前、であると主張し、仲介手数料の支払いを拒絶することは、この宅建業法35条を根拠に主張できると思われます。
問題は賃貸人に対してできるか否か、ということなのですが、先述の通り、賃貸人は業法の規制対象となっていません。それ故、宅建業法35条を理由に「契約の成立前であること」を賃貸人に対して主張できるかどうかは不明です。(争いとなれば司法判断になるかと思われます。)
それ故、重要事項説明前であっても「契約の成立」を主張する賃貸人から代金の請求をされてしまう可能性は否定できません。
ただし、実際に主張されたとしても、支払いを拒否すれば、賃貸人がそれ以上・・・つまりは訴訟など法的な措置に出るかと言えば、コスト倒れになるので、実質的には賃貸人の泣き寝入りになることが多いかもしれません。
しかしながら、何らかの事情ですでに代金を支払ってしまっているのであれば、契約の成立を理由に返金の請求を拒否される可能性は十分にあります。そうなると今度は代金の返金請求側がコストをかけて請求することになります。
実際の実務の現場では、初期費用は多くの場合、仲介業者を通して賃貸人に支払います。
それ故、重要事項説明前であれば、仲介業者にキャンセルを伝えた場合、この宅建業法を根拠に返金請求をすることができます。
ただし、何らかの事情で、費用を賃貸人に振り込んでしまっている場合は、前述のとおり、「契約が成立している」と主張され、返金されない可能性もでてくるのではないかと思います。
契約の成立について争いになった場合、(返金)請求をする側が法的措置等をしないといけなくなる可能性があります。十分にその辺りは注意してください。
最後に賃貸契約の流れを確認しておきますので、どの段階までキャンセルができるか、確認してみてください。
●賃貸契約の流れ
①申し込み(賃借人)
↓ A
②審査と承諾(賃貸人)
↓ B
③重要事項説明と初期費用の支払い
↓ C
④契約書の交付
↓ D
⑤物件の引き渡し(入居)
Aの時期:貸主の承諾前は法律的に何の問題もなく、キャンセルできます。
Bの時期:貸主の承諾で民法の明文によると契約は成立しています。(民法522条)
Cの時期:重要事項説明が終わると宅建業法的にも契約の成立を主張されやすくなります。
初期費用の支払いを済ませると、相手方に契約を主張された場合、返金が難しくなります。
Dの時期:契約書の交付は宅建業法で「契約の成立後」にすることになっています。
これ以後に契約をキャンセルすることは法的にはできません。
実際にキャンセルしたい場合、Aの段階以降では貸主に「契約の成立」を主張されてしまい、キャンセルできない可能性はあります。(もちろん、キャンセルに「合意」してもらえれば、いつでもキャンセルはできるのですが)
キャンセルに合意していない場合、最悪の場合は訴訟になる可能性もありますので、相手方が何を根拠に主張するか、あるいは、自分も法的に何を主張しうるのか、知っておいた方がいいです。
※契約の成立に「契約書に記名捺印」と思い込んでいる人は多いです(不動産屋にもいます)が、法律的には必要ありません。(必要ないことも民法522条に明記されています)
法律で求めているのは「双方の合意」のみで、形式的には「申込と承諾」と民法で定めています。
実際、契約の成立に関するネットの書き込みを見ていると、様々な不動産屋の書き込みが見られ、不動産業者でさえ「記名捺印していなければキャンセルできる」といった法的な根拠のないものも(経験的なもの?)たくさん見られます。トラブルにならない場合は法的な根拠など必要ないかもしれませんが、トラブルになった場合は法律で解決するしかありません。
※「賃貸契約 キャンセル」と検索すると、大手のホームページの中にも「契約書に記名捺印前ならキャンセルできる」といった記述が割と多く見られますが、法律の専門家である弁護士のホームページには、当たり前ですが、一切そのような記載を見つけることはできません。
何度もお伝えしていますが、そもそも契約に「契約書」は必要ないことは、民法522条でわざわざ書かれています。
「いつまでキャンセルできる?」という質問が絶えないのは、様々な法的根拠の無い記述が多く見られるためかと思いますが、トラブルになった際は当然、「法律」で解決することになることは覚えておいて下さい。
●キャンセルしたらどうなるか
キャンセルをした場合、時期や貸主、仲介業者によって、対応は大きく分かれると思います。
契約の成立する前であれば、キャンセルをした場合、仲介業者が間に入っていれば、仲介業者に支払った代金はいかなる名目で支払っていたとしても返金しなければなりません。(宅建業法)
もし、返金されないのであれば、業者は宅建業法違反となり、行政から処分を受ける可能性があります。
仮にキャンセルができる時期であったとしても、申し込みを入れた段階で、その部屋は申し込みをした人のために「部屋止め」となり、他からの問い合わせや申し込みも断ることになります。
キャンセルされれば、賃貸人からすれば、「貸す機会」を奪われたことにもなりますし、部屋止めの期間は家賃も入ってこず、大きな損失です。
仲介業者も契約が決まらなければ、売り上げにはなりません。
そればかりか、管理会社からお小言をもらうこともあるでしょうし、信用を失うことにもなるかもしれません。
契約の成立前であっても、多かれ少なかれ、賃貸人や管理会社、仲介業者に迷惑や見込み損を発生させてしまうことには変わりはありませんので、注意ください。
また、「契約の成立」に関しては多くの場合、争いになり、トラブルに発展することも非常に多いです。
不動産相談コーナーに寄せられている相談も多くの場合はトラブルに巻き込まれてのものです。
くれぐれもご注意ください。
●契約後のキャンセル
契約が成立後、事情が変わって、物件に入居できなくなった場合は入居前であってもキャンセルはできません。(→一方的なキャンセルは損害賠償事由です)
それ故、その場合は「解約」の手続きと同じ流れになるのが原則です。
解約の告知が1カ月前と契約に決められているのであれば、解約できるのは告知の1か月後となり、その文の家賃が必要なら支払う必要があります。
また、短期解約の違約金が定められていれば、それに従って違約金を支払うことになります。
以上は原則となりますので、事情や場合によっては、賃貸人が考慮してくれるかもしれません。
賃貸借契約は契約ですので、お互いの合意があれば、問題ありませんので、誠実に対応するようにしましょう。
●キャンセル時に絶対にしてはいけないこと
キャンセルをお願いするときに、万一、トラブルになっても相手からの連絡を無視するなど、強硬的な手段は絶対にとらないようにしましょう。最近はSNSでブロックするのと同じ感覚で、都合が悪くなった相手に対して、同様の対応をする人が増えているようですが、それでは法的には何の解決にもなりません。
大家(賃貸人)側は申し込みがあれば、その後、他の申し込みを断り、書類の準備を始めます。キャンセルの連絡がいくまでの間、当然、部屋は申込者のためにとっておいてくれているわけですし、キャンセルをされれば、また、その後、広告を出し、募集のし直しからすべてやり直しをさせられるわけです。一般的に1つの部屋の募集をするのに費用は家賃で言えば、数か月分はかかるのですが、キャンセルによりさらなる金銭的な負担を大家さんに強いることになります。
法的には先に挙げた民法522条の通り、承諾の連絡が来た段階で、「契約は成立」すると判断される可能性があり、その後の自己都合による一方的なキャンセルは損害賠償の請求事由にもなり得る行為です。
実際のところは初期費用等の代金を支払う前にキャンセルをしたのであれば、その後、契約の成立を理由に代金請求される可能性はほとんどありません。なぜなら、代金請求をしても拒絶されてしまえば、法的措置、つまりは訴訟を起こすしかなく、仮に勝訴しても弁護士等の裁判費用を考えれば、コスト倒れになってしまうからです。また、被告にお金がなければそもそも勝訴しても実際に取れません。
こういった実態をいいことに、平気でキャンセルをしてしまう人もいるようですし、また、サイトの不動産相談のレスには、「契約書に記名捺印する前ならいつでもキャンセルできる」や「(初期費用を支払っていた場合でも)キャンセルをしたら、お金は原則、全額返金される」といったそれが法的に認められた権利であるかのような書き込みも見られます。これは弁護士相談をすればすぐにわかりますが、法的には何の根拠もない話で、実際、どうなるかは賃貸人次第です。
わかりやすい話で言うと、不貞行為を配偶者にされた場合、「何もしない」「慰謝料の請求」「離婚裁判」など、対応は様々でしょう。相手に支払うお金がないのがわかっていれば、当然、裁判などしませんし、実体として言えば、ほとんどの場合は、被害者は「泣き寝入り」するのではないでしょうか。
賃貸のキャンセルでは不貞行為の場合と比べても、請求する金額がそもそもずっと少ないわけですから、請求する側が事実上、ほぼ100%は泣き寝入りすることになるかと思われます。ただ、すでに初期費用を支払っている場合、(返金)請求するのは賃借人ですので、もし、大家さんが契約の成立を理由に返金を拒否すれば、賃借人がコストをかけて訴訟することになります。
以上のことからも、代金支払いの前のキャンセルであれば、契約の成立を理由に実際に代金請求をされることはそう多くはないと思われます。ただ、だからといって、キャンセルをしたから支払わないのが当たり前だ、という姿勢を見せたり、不誠実な態度で相手を怒らせるような姿勢で対応するのは、絶対にやめた方がいいです。それは通常なら裁判にならないような事案でも、感情がこじれてしまえば、金銭的な損得は関係なく、訴えられれてしまうかもしれないからです。これは賃貸のキャンセルの場合のみならず、どんな場合でも同じかと思います。
また、連絡を無視したり、着信拒否などをして、強硬的に逃げ切っても、それは法的な意味での解決ではありません。(時効が来るまでは)少なからず、相手方に訴えられてしまう可能性は残ります。遺恨を残すのはおすすめできません。
●キャンセルするときはどうしたらいいのか?
まず、契約の成立後の一方的な契約の解除は損害賠償の請求事由であることは、頭の中に置いておいてください。
申し込み後、どうしてもキャンセルしないといけない場合は、どの段階であっても、できるだけ早く連絡し、誠心誠意、事情を説明し、賃貸人に何とか「承諾」してもらうようにしましょう。申し込みがあれば、通常、申し込まれた物件は「部屋止め」になり、それ以降に申し込みがあっても全て断ることになります。連絡が遅れれば、それだけ他の申込を断る期間も長くなってしまいますし、再度、広告や募集をかける時期も遅れ、空室期間もその分延び、より多くの損害を賃貸人に背負わせることになります。一般に申し込み後、キャンセルされると、賃貸人は家賃数か月分の損失がでる、ということは忘れないでください。
そして、事情を説明して、賃貸人にキャンセルを「承諾」してもらいましょう。相手方が了承して合意してもらえれば、法的にも解決(=合意解除)ということになります。賃貸人としては少なくともそれなりに損失がでるので無条件だと納得しにくいでしょうから、場合によってはある程度、妥協できる金額を提示して、気持ちよく合意してもらえれば、その後、法的に請求されるリスクもなくなります。
もし、契約が成立し、入居や引っ越しの準備をしていて入居前に一方的に自己都合で断られたら、どう思うでしょう? それは賃貸人も同じだという意識でいれば、不要なトラブルには発展しないと思います。